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四姑娘山観光 四姑娘山ハイキング 四姑娘山現地ツアー

高山植物の宝庫!中国の名峰「四姑娘山」に桃源郷を見る!
皆様、「四姑娘山(スーグーニャンシャン)」をご存知でしょうか。中国、四川省にある四つの高山を指してこのように呼ぶのですが、毎年多くの日本人登山者がこの場所を訪れています(登山者のほとんどが日本人です)。それは、この四姑娘山の一つ「大姑娘山(標高5,025m)」に向かう登山道が、高山植物の宝庫だからです。今回はフラワートレッキング・ハイキングのメッカ「四姑娘山」をご紹介します。
フラワーハイカーもアルピニストも!?間口の広さが人気です
四姑娘山は中腹までを往復するフラワーハイクが盛んですので、花好きの女性のハイカーも多いですが、比較的簡単に5,000m峰の大姑娘山のピークに立てることから、本格的な登山者にも人気の山です。
「簡単に」というのは、この山域ではガイド登山が一般的ですが、日本からのツアーへの参加や現地での手配に限らず、荷物は“馬”に背負わせるスタイルなので、行動中はほぼ空身です。また滑落の心配がない山容ですので登山道も安心して歩けるのもポイントですね。正確に言えば、写真の通り登山道というよりも花畑の中を歩いていくイメージですが。
なおピークまで行く場合は高所登山のため事前に役所に申請が必要になります。また個人の場合、どこで馬を手配するのか、気になりますよね。詳細は最終段落に記載しておりますので、そちらを参考にしてくださいませ。
山々に囲まれたベースキャンプ(BC)へ
四姑娘山の登山口は四川省省都成都」からバスで5時間から1日半!?の「日隆」という町になります。バスは山間の道の道路状況(がけ崩れが頻発)でコースや時間が変わるため、必ず事前にチェックしておきましょう。
日隆から「海子溝」というハイキングコースに向かい、馬に荷物を背負わせてスタートです。すぐに草原風景が広がり、花のプロムナードがお出迎えです。ゆっくりと高度を上げ、歩き始めてから5時間前後でBCである「老牛園子」という場所にたどり着きます。ここには日本からのツアー客の方のためのテントが多数張られている大きな平地で、周りに雪を頂いた山々が迎えてくれます。ちなみにBCの高度は3,600mです。
高度順応に不安のある方は、前日に日隆付近にある「長坪溝」などの日帰りハイキングコースで足慣らし(肺慣らし!?)をしておくと安心です。
花の桃源郷で高所順応
さてここから大姑娘山を目指すという方も、次のアタックキャンプは4,300mに位置しますので、BCに着いた翌日にすぐに登るのはちょっと危険です。
フラワーハイキングが目的の方と一緒に1日はBC付近の名勝、「大海子」、「花海子」を巡るのに費やすことをお勧めします。両方とも山並みの映える美しい池であり、特に花びらで輝く「花海子」はまさに桃源郷といえ、一見の価値があります。BCから「大海子」を通り「花海子」まで往復すると4~5時間です。
ちなみにフラワーハイカーの一番のお目当ては青いケシの花「ブルーポピー」です。例年7月後半ぐらいから咲き始めます。そのほかにもアツモリソウなど珍しい花が咲き乱れており、日本だと通常、森林限界を超えてしまうような高度にいることを忘れてしまいます。
アタックキャンプ(AC)から大姑娘山のピークへ
大姑娘山のピークを目指す方はBCからACに4~5時間かけて登ります。途中はもちろん花のプロムナード。放牧されている牛などがのんびり過ごす中を抜けて行くと、徐々に植物がなくなりガレ場になっていきます。森林限界です。4,300mのガレ場にテントを張り、明日の登頂に備えAC付近を散歩するなど高度に順応するよう過ごしましょう(呼吸を浅くする昼寝などは厳禁です)。
翌日は、帰路にBCでもう一泊するなら遅く出発しても良いのですが、日隆まで戻る場合は朝早く出発しましょう。ACから3~4時間で大姑娘山(標高5,025m)の頂上に着きます。この道中に危険箇所はありませんが、岩と雪の世界はいかにも高所登山といった感じで達成感があります。頂上は流石に冷えますので、防寒着を持って行きましょう。
帰路はACでテントを撤収し、BCまで戻ります。BCまで戻る道は複数あり、往路とは違った風景が楽しめると思います。そして当日、あるいは翌日に日隆に戻って、無事終了となります。
四姑娘山の旅程と注意点
「大姑娘山(標高5,025m)」の頂上を踏まないフラワーハイキングでも“1週間”は必要な旅程となりますので、ご承知おきのほど。これは日本からツアーに参加する場合でも個人旅行でも一緒です。
山麓の日隆で、すでに標高は3,200m以上あります。高山病予防のために前述の通り、入山前や山中で高所順応に費やす必要があります。
結果として“日隆に到着してから”フラワーハイキングなら2~3日間、大姑娘山(標高5,025m)のピークを踏むなら4~5日間を要します。日本~成都間の飛行機との接続を考慮しましても最低1週間は必要というわけです。
結構な長旅となる四姑娘山の旅ですが、日本では体験できないスケールの高度感と多彩な高山植物を堪能できるスポットですので、山好きの方はぜひともチャレンジして欲しいと思います。
なお、写真の通り、道中はどこも花だらけで、そのため希少性が感じられないためか、地元のガイドなどは普通に踏んづけて歩いたり、たばこの吸い殻を捨てたりしています。我々はあたりまえですが、そういった行為は控えましょう。最近ゴミが問題になっておりますので、念のため。
個人で行かれる方へ
四姑娘山は団体ツアーが便利で一般的ですが、日程の都合などで個人で登りたいという方もいると思います。
その場合ありがたいのが、山麓の基点の町「日隆」にある「日月山庄(Riyuei Youth Hostel)」の存在です。ここには日本語のできるスタッフが複数名在駐しています。彼らは日本人のツアー客が多く滞在するベースキャンプで何かあったときに駆けつける救助隊の役目を負っており、無線で絶えずベースキャンプと連絡を取っているので山中の天気・気候も教えてくれます。登山客の多くが日本人なので官民あげてのバックアップといったところでしょうか。(宿についてはホームページにはアクセスできませんが、予約サイトで閲覧可能です。)
ちなみに日月山庄の近くに「四姑娘山登山学校」があり、必要なガイドの手配から、登山許可証、環境保護費、入園料支払いなど必要な手続きを代行してくれますので、個人で入山される方は訪れてみましょう。季節や時期にもよると思いますが、4日分のガイド(1名)及び荷物を背負う馬(1頭)に上述の登山許可証などの法的費用を含めた合計額は1,500中国元~が目安となります。
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世界遺産地「楽山大仏」 楽山大仏現地ツアー

71mの大仏。絶壁に彫られた世界遺産四川省楽山大仏」が凄い!
更新日:2015/08/14 11:51
中国には様々な仏像がありますが、その中でも四川省・楽山市にある、世界最大級の石仏として有名な「楽山大仏」はご存知でしょうか。小さな悩み事など吹き飛んでしまいそうなぐらいの圧倒的なスケールの大仏です。この大きな大仏が彫られたのには、当時の中国の人々の切なる願いがあったと言います。
今回は岩山を削りだして造られた、迫力満点の世界遺産楽山大仏」をご紹介します。
仏像のテーマパーク「東方仏都」
楽山大仏がある四川省の楽山市へは、省都成都からのバスが便利です。2時間ほどで楽山市に到着、その対岸にある「東方仏都」や「凌雲寺」等が集まった一画に楽山大仏はあります。
楽山大仏チケットは、それら東方仏都や凌雲寺などとの共通券(90元)となっています。
ところでこの東方仏都、実は1994年に開園した仏像のテーマパークなんです。総面積20万平方メートル、その中に各地の仏像の模倣品3,000体余りを奉っています。仏像に興味がない人でも訪れればその数と迫力に圧倒されるでしょう。そしてたくさんの仏像を見ているうちに、ぐんぐんと仏像の世界へと引き寄せられていきます。
大きさにびっくり!
東方仏都を抜けた先に「楽山大仏」が鎮座しています。
最初に大仏の頭から見えてきますが、まずはその大きさにやはり驚かされます。頭だけでも十分デカい!それもそのはず頭部の長さが14.7m。耳だけでも7mもあるんです。
岩山を削り90年余りかけて彫られたこの大仏は、全長が71mと東大寺の大仏の5倍に及び、近代以前の仏像としては世界最大の大きさを誇ります。
特に頭部は同じ高さ、そして結構近い距離から眺めることができるので、その大きさをとても実感できます。楽山大仏と一緒に撮れる記念撮影の場所としてもお勧めです。
この辺りからは色々な角度から大仏を眺めることができるので、じっくりと自分だけの撮影スポットを見つけてみましょう。
下からでも迫力満点!
楽山大仏は足元へも降りることができます。
岩山の壁面につけられた足場の狭い階段を気を付けて下ると、下から大仏を拝むことができます。
頭部も大きいですが、降りてみると足もとても大きいのがよく分かります。足の長さだけで約10m、ビル3~4階建ての高さになります。足の甲には100人もの人が座ることができるというので驚きです。
それにしても近くで見れば見るほど、1200年前もの昔によくこれだけのものを造ったと改めて感心させられます。
大仏に託された人々の願い
開元(713年)元年からこの大仏は彫り始められましたが、ではなぜこんなにも大きな仏像を彫ったのでしょうか。そこには人々の切なる願いがありました。
当時、楽山は周辺でとれる塩の交易で賑わっていました。しかしその塩を運ぶ大名脈の岷江はしばしば水害を起こし人々を苦しめました。そこで凌雲寺の僧「海通」が民衆の布施によりこの大きな楽山大仏を彫り始め、その工事で出た土砂を川に投入して川底を浅くし、岷江の水害を大幅に減らすことに成功したんです。
水害対策、そして民衆の繁栄への感謝の気持ちを込めてこの大仏は彫られました。
そして現在もその岷江を見守るかのように楽山大仏は鎮座しています。
全身を見るには遊覧船
楽山大仏の全身をしっかりと見るには、遊覧船を活用するのがお勧めです。
大仏の対岸にある楽山港から随時遊覧船が出ています。1人75元、約30分ほどの行程で、楽山大仏周辺で停船してくれます。
ここから眺めれば、しっかりと大仏の全身も写真に収めることができます。
なお楽山大仏の完成当初は全身を金色と彩色装飾で彩られ、十三重の木造楼閣で覆われていたと言います。
現在、重ねた月日や風雨によってそのような装飾は見られませんが、歴史ある仏像としての魅力は十分に感じられます。
大きいだけではない楽山大仏
今回は中国四川省にある楽山大仏をご紹介しました。
とにかくその大きさに驚かされますが、大きさだけではなく大仏だけあって実際に訪れた後では実に穏やかに気持ちにさせてくれます。優しいお顔も印象的です。
楽山大仏は、1996年に峨眉山と共に「峨眉山と楽山大仏」として世界複合遺産へ登録されました。中国4大仏教聖地である峨眉山もとても魅力的な場所なので、時間のある方は是非とも訪れてみましょう。
忙しい毎日の中、ストレスや悩みごとで気分が滅入り気味の方はいらっしゃいませんか。そんな方は是非、この大きな楽山大仏を見てそんなものは吹き飛ばしてしまいましょう。大仏様はいつでも優しく見守ってくれています。
圧倒的な大仏に魅せられる旅、いかがでしょうか。
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世界遺産地大足石刻

古来インドよりシルクロードを経て、中国へと伝わった仏教。歴史は古く紀元前後といわれ、その中で数多くの石窟・石刻が造られてきました。中でも敦煌莫高窟、雲岡石窟、龍門石窟大足石刻は、世界文化遺産に登録された、いずれも劣らぬ規模と美しい仏像群が見られます。今回ご紹介する大足石刻は、中国の三大宗教である仏教・道教儒教の石刻が揃っているのが特徴的。大足石刻で、中国宗教の歴史絵巻を堪能しましょう。
中国西南部に広がる四川盆地を流れる大河長江と嘉陵江の合流点に位置し、いにしえより経済の拠点として栄え、3000年以上の歴史を持つ重慶市。その地理的条件から、山城、江城、霧の都などと比喩される重慶には、特色のある自然や文化的景観など数多くの見どころがあり、日本でも人気のある中国観光スポットの1つです。
世界文化遺産大足石刻」は、重慶から西へ約90キロ、高速道路を利用して約2時間の大足県にあります。大足県に点在する石刻はおおよそ70ヶ所。その中から、北山・南山・宝頂山・石篆(せきてん)山・石門山の5ヶ所が、「大足石刻」として世界遺産に登録されています。世界遺産に登録された石窟・石刻群の中で、シルクロードからいちばん遠く、年代的にも9世紀~13世紀にかけて造られたいちばん新しい「大足石刻」ですが、それゆえに他の石窟群にはない特徴を、「大足石刻」は持ち合わせています。初期のものはインドの影響が色濃く現れ、その麗しい仏教様式と文化が垣間見れます。一方「大足石刻」では、長きに渡る中国仏教の歴史の中で育まれた独自の仏教様式、そして中国発祥の儒教道教の石刻、また民間の生活の風景を写しとったものも数多く残されていて、いちばん「中国らしさ」が刻み込まれている石刻なのです。
東方のヴィーナスが出迎えてくれる「北山石刻群」
重慶大足バス・ターミナル(重慶大足汽車站)から北へ約2キロメートル、市街地から一歩足を踏み出した北山の上に「北山石刻群」があります。石刻群は山頂付近約500メートルにわたる「仏湾」を中心とした5ヶ所に、その数実に5000以上もの仏像が彫刻されています。
北山石刻群の見どころは、晩唐から南宋にかけて移り変わる石工技術です。初期のものは唐の流行が反映され、ふっくらと柔らかな身体のラインが引き立つような、繊細で薄く簡素な衣を身にまとっています。一方10世紀中頃の仏像は、複雑で豪華な模様の衣をまとったものが多く見られます。
北山石刻の見どころは「大足石窟の王様」として奉られている、北山最大の石窟「転輪経藏窟(136号石窟)」です。その名は、石窟の中央に彫刻された八角形の支柱「転輪経蔵」から付けられています。石窟の正面壁には釈迦牟尼座像、左右に分かれて迦葉・浄瓶観音と阿難・大勢至菩薩が。左壁には内から外へ、文殊菩薩・玉印観音・如意珠観音が。右壁には内から外へ、普賢菩薩・日月観音・数珠手観音が配されています。そして石窟を守るのは、入り口左右に配された金剛力士像。中でも普賢菩薩は柔和な顔だちに眉目秀麗でいて、東方のヴィーナスと呼ばれています。
南山石刻の「三清古洞」に中国道教の歴史を偲ぶ
重慶大足バス・ターミナル(重慶大足汽車站)から南東へ約2キロメートル、南山の山頂にあるのが南山石刻です。もとは「玉皇観」と呼ばれる古い道観(道教寺院)があり、雰囲気も北山とは異なり、鎌倉の小さな山寺に足を踏み入れたかのような錯覚を覚えます。
針葉樹に囲まれた石畳を上がると、山寺の中に配された第5号窟「三清古洞」があります。高さ3・91メートル、幅5・08メートル、奥行き5・58メートルの石窟は、南山では最大で一番の見どころです。まず目に飛び込んでくるのは「盤竜柱」と呼ばれる龍が巻き付いた柱です。その後方に2層に別れた龕(がん)があり、上層部には道教最高神である玉清、上清、太清の三尊像、下層には最高神を補佐する四御(しぎゅ)が祀られています。石窟全体では神像が合わせて421体あります。
北山と比べると規模も小さく、あっという間に回れてしまう南山石刻ですが、この時代に造られた道教像群の中では、ほぼその姿を現在に留めている大変重要な遺跡です。
*龕(がん):仏像・仏具を納めるために設けたくぼみ
*四御(しぎゅ):実質的に宇宙万物を運用・統治している最高の神で、玉皇大帝・北極紫微大帝天皇大帝・后土の4帝を指しています
大足石刻の最大のみどころ「宝頂山石刻群」
宝頂山石刻群は、大足から北東約15キロの宝頂山に位置しています。奥まった山あいの谷間にU字型に全長約500メートル、1万体以上の大小様々な石刻が見られ、世界遺産大足石刻の5ヶ所の中で最も大きい石刻群です。
中でも幅31メートル、高さ6.8メートルの「釈迦牟尼涅槃図」は、世界で最大の涅槃仏といわれ、慧眼をわずかに閉じて安らかな表情で横たわっています。涅槃仏の前には、弟子たちと菩薩などの像が静かに見守り、厳かな雰囲気が漂っています。
7年越しの大改修!現代に蘇る「千手観音菩薩」の神々しい微笑み
宝頂山のもう1つの見どころは、約7年の大修復を経て2015年初夏に一般公開された、黄金に光輝く千手観音菩薩です。南宋時代の1174年から1252年、約78年の歳月を掛けて造られた千手観音菩薩。その高さは7.7メートル・幅12.5メートルもあり、こちらもまた千手観音菩薩として世界最大級の石刻です。
800年前に造られた千手観音菩薩は、過去に何度か修復作業は行われてきたものの損傷が激しく、莫大な費用と期間が投じられました。修復に際し、それまで見てきた千手観音菩薩の凛としたお顔は、実は明や清の時代の修復作業により、変わったことがわかりました。その内は柔和で親しみやすく、南宋時代の典型的な表情をしたお顔で、今回の修復では元のお顔に戻されました。
2日かけてじっくり回りたい「大足石刻
いかがでしょうか。
今回は世界遺産大足石刻」に登録されている5ヶ所のうち、アクセスが容易な北山・南山・宝頂山をご紹介しました。重慶から日帰りでも楽しめますが、是非大足に1泊して2日間じっくり時間を取って、大足石刻から中国宗教の歴史を堪能してみてください。
重慶からのアクセス
重慶北駅または重慶駅のバスターミナルより約2時間半 43元
朝から夕方まで約1時間ごとに出発
■北山石刻群、南山石刻群
重慶大足バス・ターミナル(重慶大足汽車站)からタクシーがお薦めです
■宝頂山石刻群
重慶大足バス・ターミナル(重慶大足汽車站)周辺始発の市内バス205番の終点。3元
■入場料
北山石刻群・宝頂山石刻群共通2日券 170元
南山石刻群 5元
*北山石刻群のみ、または宝頂山石刻群のみの入場券も販売されていますが、両方行くのであれば共通券の方がお得です。
中国・大足にある「大足石刻」をご存知でしょうか。宋代から彫られ続けた石刻として有名な場所で、中には本当に1000の手を持つ千手観音像もある中国を代表する石刻群です。浮き彫りの技法で刻まれた仏像群は、中国の他の石窟にも劣らない精巧で美しいと国内外から評価されています。仏教、儒教道教が融合し、石刻を通してその教えが今に伝えられている世界文化遺産大足石刻」をご紹介します。
1000本の手がある千手観音
中国・重慶市にある大足石刻は、唐代末期から五代、宋代、そして明・清代という長い時間をかけて刻まれました。大足は「仏像の故郷」とも呼ばれ、その多くは1万体の彫像を有する「宝頂山」と「北山」で見ることができます。
その宝頂山の中で有名な彫像のひとつに「千手千眼観音」があります。通常千手観音像は手が10本ほどあればそう呼ばれるのですが、ここの千手観音像は何と1007本!文字通りの千手観音です。
千本は無限をあらわし、どんな群衆も観音の手によって救われるとされています。ひとつひとつ丁寧に彫られた観音様の手を見ていると、本当に救われるように気持ちになってくるようです。
中国最大の上半身「釈迦涅槃像」
大足石刻」と言えば必ず写真で紹介されるのがこの「釈迦涅槃像」で、全長31mをほこる中国最大級の涅槃仏です。彫られているのはお釈迦さまの菩提樹の木の下での涅槃の場面。その前方にはお釈迦様の入没を悲しむ弟子たちが彫られ、石刻右上部にはお釈迦さまの一族が天から降りて来ている姿が彫られていると言います。
ここ大足石刻では仏教の物語や、道徳、庶民の生活などが生き生きと描かれ、それが大きな特徴となっています。この釈迦涅槃像も仏教の大切な一場面を何とも豪快に描いていますね。
巨大な六道輪廻図
仏教の世界では死後、前世の行いによって六道のいずれかに生まれ変わるとされています。六道とは最上の者が住む「天界道」、現世の「人間道」、争いの絶えない「修羅道」、妬み苦しみの多い「餓鬼道」、人間以外が住む「畜生道」、そして最も苦しい「地獄道」とされます。そしてそれを表したのがこの六道輪廻図です。絵で描かれたものはよく見かけますが、このように石刻として彫られたものは珍しく大変見応えがあります。
仏教や儒教道教などが混在した大足石刻ならではの作品です。
地獄の裁判「地獄経変像」
先にも書きましたがこの大足石刻では、中国発祥の文化である儒教道教の仏像が多く彫られています。そして民間の文化を表したものも多く残っており、地獄の裁判の様子が彫られたこの「地獄経変像」もそのひとつです。
中央の閻魔様の両隣りに12人の審判がいて、地獄に落ちて来た者を裁きます。前世の罪の重さで刑が決まり、針山・油・氷・弓矢・火炎・毒蛇等、18種の残酷な刑に処せられます。物語の様子を美しい色彩やひとりひとりの細かな表情まで表現されているのは見事です。当時ここで世の教えを説いていた光景が目に浮かぶようです。
繊細な彫刻が多い「北山石刻」
唐の時代、都での混乱から安住の地を求めて人々が移住したのが、ここ当時の四川の地でした。その際に優秀な技巧を持った職人も一緒に移り住んだため、大足や安岳などで優れた仏像がたくさん彫られたとされています。
これまで紹介してきた「宝頂山」と同様に有名なのが「北山石刻」です。こちらは規模では宝頂山には劣りますが、繊細な彫刻が多く見応えがあります。ただ宝頂山に比べて街に近かったため、文化大革命の際に多くが破壊されてしまいました。難を逃れて残された彫刻には当時の技術の高さがうかがえますし、現在もその修復作業は続けられています。
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世界遺産「九寨溝」 成都現地ツアー 九寨溝

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透明度100%!青色の奇跡、世界遺産九寨溝」を個人で巡る
中国にはたくさんの世界遺産がありますが、その中でも特に人気の高い世界遺産九寨溝」。その澄んだ水やエメラルドグリーンの水面は訪れる者を驚かせ、そして魅了し続けています。
今回はその九寨溝の「五花海」や「五彩池」などの必見スポットと共に、個人で旅する場合の案内をお届けしようと思います。
行って後悔なし!奇跡の景勝地九寨溝」をお楽しみください。
いざ!九寨溝
九寨溝への起点は四川省成都になります。
チケットは成都旅游バスセンターなど成都の幾つかのバスターミナルから出発していますが、おおよそ10時間程の長丁場になりますので体調はしっかりと整えておきましょう。
朝出発したバスは昼食などの休憩を何度も経て、夕方過ぎに九寨溝バスターミナルに到着します。現地の中国人がほとんどですので、昼食時などに仲良くなるのもいいでしょう。
2003年には四川九寨黄龍空港も開港しましたので、時間のない方には飛行機での移動もお薦めです。
宿泊施設はバスターミナル周辺にありますので、空きを見つけてチェックインします。
九寨溝のチケットは原則、当日券のみです。
翌朝は7時から入場可能となるので、団体ツアーがやってくる早めの時間から入場しておきましょう。
チケットは220元。これに九寨溝内のバスの乗車料金(90元)が別に必要です。
九寨溝と言ってもその全長は31kmにもおよび、とても徒歩だけでは回りきれません。自然環境にも配慮し、天然ガスを燃料としたバスが巡回しているのです。
もちろんしっかりと清掃の届いた遊歩道も整備されており、バスを利用しつつも自分のペースでゆっくりと見学できます。
(入場料:通常期4/1~11/15-190元、閑散期11/16~3/31-80元)
透明度抜群!「五花海」
九寨溝は地図で見ると、英語のYの字のような形をしています。
Yの下の部分から分かれ目までを「樹正溝」、右に伸びる部分を「日則溝」、そして左に伸びる部分を「則渣窪溝」と呼びます。
お薦めは、スタート地点からY字の右方向に伸びる日則溝の「箭竹海」付近まで一気にバスで行きます。そこからバスで来た道を戻るように遊歩道を歩いて見ましょう。「箭竹海」の深い緑の湖面を楽しんだり、パンダが水を飲みに来たと言う「熊猫海瀑布」の滝を見学したりします。
そしてその先にこのエリア一番の人気スポット「五花海」へ到着します。
透き通った水、水に沈んだ木々、美しいエメラルドグリーンの湖面。まさにイメージする九寨溝がここにあります。特に風のない日の水面に映し出された、鏡のような風景には息を呑むほどです。
その先の「珍珠灘瀑布」も非常に美しい滝ですので、是非訪れましょう。
奥ゆかし藍色「老虎海」
九寨溝とは、もともとチベット族の村が9つあったことから、この名がつけられました。
世界でも希少な美しき水の峡谷で、手つかずの原生林の中に大小108の湖、泉、滝などが分布しており、その自然が織り成すエメラルドグリーンの世界は訪れた誰をも魅了します。水の透明度の高さは、岩に含まれるカルシウムの影響です。
さて、Yの字の交差地点まで戻ってきたら、さらに「樹正溝」方面へ向かう為、九寨溝入り口方面のバスに乗ります。このエリアのお薦めは「老虎海」です。
ここの水の色はこれまでとは違い、滑らかな、そして深い藍色をしています。どのようにしたらこのような色を自然に作り出せるのでしょうか。本当に驚かされます。
また九寨溝内にはチベットの文化が根付いており、チベット様式の寺院や五色の祈祷旗タルチョなどを所々で見る事が出来ます。
輝きを放つ「五彩池」
「老虎海」を満喫したら再びバスに乗り、Yの字の交差地点まで戻ります。
ここに観光センターがあり、昼食やお土産を買ったりすることができます。自分の観光のペースによって休憩や食事に利用してみましょう。
次はYの字の左に伸びる「則渣窪溝」へ向かいます。
終点には九寨溝最大の大きさを誇る「長海」があります。見学後はこのエリア最大の見どころの「五彩池」へ行ってみましょう。
水の透明度、そして名の通り様々な色合いを見せてくれるこの池は、九寨溝でも1,2を争う場所です。美しい水面からは、何かが放たれているかのような輝きすら感じます。名前に負けぬその美しさは、九寨溝に来たらぜひ見ておきたい場所です。
龍がお見送り「臥龍海」
九寨溝は1年中観光できる景勝地です。
ただ岷山山脈からの雪解け水が減る冬期は、雪景色などを楽しめますが水位が低いので景観はやや劣ります。お薦めは春から秋です。春は新緑、夏は豊富な水量、秋は紅葉とどれも九寨溝の魅力を引き立ててくれます。
日則溝そして則渣窪溝を見学してくると、時間的にも体力的にもそろそろ終わりが近づいて来るかと思います。
最後にスタート地点のエリア「樹正溝」のお薦めスポットを紹介します。
それはエリア中心付近にある「臥龍海」。その名の通り龍が横たわっているような湖があります。龍を縁起の良い生き物として考えているこの国ならではですね。龍に見送られて九寨溝見学は終了します。
期待を裏切らない美しさ
今回は中国の世界自然遺産九寨溝」をご紹介しました。
個人で訪れる方法を主に紹介しましたが、手配や言語に不安を感じる方は日本からのツアー、もう少し安く費用を抑えたい方は現地発のツアーを利用するのがお薦めです。現地発のツアーは成都の旅行代理店から幾つも出ています。
九寨溝は「九寨溝の渓谷の景観と歴史地域」として世界自然遺産に登録されていますが、近くにはこれまた自然が作り出す絶景が見られる「黄龍の景観と歴史地域」もありますので、一緒に訪れてみるのも良いでしょう。
ただしどちらとも標高が高い場所もあるので、高山病には注意が必要です。
中国の国家級風景名勝区としてもその指定を受けている九寨溝は、訪れてもその期待を裏切らない美しさがあります。非日常的な奇跡の水が織りなす風景は、一生の思い出となるに違いありません。
是非一度、九寨溝の水の奇跡を経験してみませんか。
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世界遺産地黄龍 黄龍観光 九寨溝黄龍現地ツアー

世界には見惚れてしまうような絶景が幾つもありますが、そんな中でも今日は中国・四川省にある世界自然遺産黄龍の景観と歴史地域」をご紹介します。
黄龍の魅力は何と言っても、極上天然プールのような透き通った水景色。青く美しい水は乳白色の石灰華と共に、見事なコントラストを形成しています。
丸い石灰華がまるで登りゆく龍にたとえられる黄龍。今回は神秘的な水の風景へご案内致します。
標高3199m!高山にある黄龍
黄龍へ行くには個人旅行かツアーで訪れることができます。
個人の場合には、同じ世界自然遺産に登録された「九寨溝」からのバスが便利です。早朝九寨溝を発ち、午前中に黄龍へ到着。黄龍を観光して、夕方ごろ同じバスで九寨溝へ戻ります。個人では少し不便なので時間のない方は、成都や日本からのツアーがお薦めです。
黄龍は高山にあります。
入り口の標高が既に3199mもあり、最大の見所の「五彩池」では3556mにもなります。富士山に匹敵するような標高があるので、高山病には十分注意したいです。
また入場料は通常期(4/15~11/15)が200元、閑散期(11/16~4/14)が60元ですが、冬場は雪の為入場ができなかったり、バスが不通となる可能性もあるのでご注意ください。
遊歩道から自然美を楽しむ
入場口からは基本的に整備された遊歩道を歩きます。
遊歩道を利用して最後まで歩くことができますが、有料でロープウェイの利用も可能ですので体力に自信のない方でも大丈夫です。
黄龍は玉翠山(標高5100m)から伸びる峡谷で、石灰岩層からの石灰分を豊富に含んだ水が流れています。その水に含まれる石灰分の沈殿物(石灰華)などが、黄龍を形成する美しい風景を作り出しています。
行きの遊歩道は基本登りとなりますが、遊歩道からも所々で美しい玉翠山や丸い石灰華の固まりを目にする事ができます。黄龍の名称にもなっており、龍にたとえられた黄金色に輝く石灰華は、きっと歩いてきた疲れを忘れさせてくれるでしょう。
石灰華が作り出す色
順調に遊歩道を進むと、だんだん石灰華によるくぼみが現れてきます。そこに溜まった水はため息が出るほど、美しい青色に輝いています。
このくぼみは石灰分をたっぷり含んだ水が、落ち葉や小枝などをと共に長い年月を掛けて作られました。まさに大自然のアート。山中にあるこの美しき色彩は、ひときわ輝きを放っています。
そしてこのくぼみは龍の鱗や棚田にもたとえられ、見る角度によって色が変化します。時間の許す限り楽しみたいですね。
美しき「五彩池」
黄龍の最終地点まで登りつめると、そこには美しき「五彩池」が迎えてくれます。
白い石灰華に映える美しいブルーの水。これまでのくぼみが何重にも重なって、美の競演をしているようです。まるで極上の天然プールのような景観に言葉を失ってしまいます。
近くから見ても本当に透き通っているのがよく分かります。しっかりと遊歩道も整備されているので、心行くまで写真撮影をしましょう。
そして少し歩けば五彩池を一望できる展望台もありますので、是非上からの眺めも楽しんでください。上から眺める五彩池は格別です。
黄龍は貴重なパンダの生息地
黄龍一帯は実は貴重なパンダの生息地にもなっており、ユネスコの生物圏保護区(世界自然遺産四川省ジャイアントパンダ保護区群」として登録)にもなっています。
黄龍ではパンダを見る事はできませんが、四川省では成都パンダ繁育研究基地、成都動物園、臥龍パンダ基地など幾つかの場所でパンダを見る事ができます。
特に成都パンダ繁育研究基地は、郊外の自然の中にあるのにバスで1時間ほどとアクセスも便利でお薦めの場所です
日本でも大人気のパンダですが、ここ中国でも大人気でその愛くるしい表情や仕草は老若男女を虜にしてしまいます。何時間見ていても飽きないパンダの魅力は底なしです。
でもそのパンダが黄龍の厳しい自然の中で生きて来たかと思うと、そのギャップに本当に驚かされます。成都にお寄りの際は、是非パンダも見に行ってください。
ずっと見ていたい黄龍の美
今回は世界自然遺産黄龍」をご紹介しました。
石灰華による自然の美しさは、時を忘れてずっと見ていたくなります。山中に輝く青と白のコントラストはまさに絶景と呼ぶに相応しいでしょう。
近くには、これまた絶景で有名な世界遺産九寨溝もあります。他にも四川省には峨眉山楽山大仏、四姑娘山、都江堰と世界遺産や観光名所の宝庫です。
美しい極上天然プールのような黄龍。その絶景を見に一度四川省を訪れてみませんか。
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一度見たら忘れない!びっくり仮面の中国四川省「三星堆博物館」

中国四川省に、3000年以上も前に栄えた青銅器文明がありました。「三星堆遺跡」と呼ばれるその遺跡からは、見上げるような大きな立像に、目が飛び出した異形の仮面など他に類を見ない物がたくさん出土。宗教的儀式に使われたのか、国を治める政に使われたのか。黄河文明と同時期に栄えた驚くような長江流域の青銅器文明がそこにありました。今回はその出土品が見られる中国四川省の「三星堆博物館」をご紹介します。
古蜀の青銅器文化を伝える「三星堆博物館」
1986年中国四川省成都の北約40kmの広漢市で、とても大きな発見がありました。見つかったのは3000年以上前の新石器時代末期から夏末商初にかけて栄えた古蜀の遺跡で、そしてそこから多くの青銅器や金製品が彫り出されました。
そして驚くべきことはその歴史の深さと共に、彫り出された青銅器類の形です。特徴的な仮面の青銅器に、巨大な人の像。それはこれまでに類を見ない形のものばかりで、大変世を驚かせました。「三星堆博物館」はそんな古蜀の青銅器文化を伝える博物館として1997年に建てられました。
目が突き出した青銅仮面
三星堆遺跡の中で一番の象徴的な遺物が、「青銅縦目仮面」と呼ばれる青銅仮面です。高さ64.5cm、幅138cmと人が被るにしては大きすぎます。そして何と言ってもその特徴が突き出した目と大きな耳です。14cmも飛び出した目や大きく伸びた耳は、とても普通の人間のものとは考えられません。それでいてにっこりと微笑む姿に愛らしさも感じてしまいますが、これは一説には遥か彼方まで見通す神をイメージして作られたとのこと。ただまだ謎が多く、残念ながら未だはっきりと分からない事も多い遺跡です。それでもその強烈な印象は、一度見たら忘れられないものになるでしょう。
美しき「青銅神樹」
全長396cmの青銅製の樹は、日本語名で「青銅神樹」と呼ばれる青銅製の神樹です。博物館随一の高さで1986年に発掘されました。
この神樹は中国の古典「山海経」に描かれている扶桑樹ではないかと推測されています。その中で扶桑樹には多くの太陽が宿り、その太陽はそこにいる鳥に乗って空に巡回に行くとされています。それを表したかのように「青銅神樹」には、3階層にまたがるそれぞれの枝に計9羽ずつの鳥が装飾されています。
また一説にはこの樹が天と地(人)を繋ぐ役割を果たしており、崇拝の対象であったと考えられています。いずれにせよ高い神樹に美しい装飾物の数々から、当時の技術の高さをうかがいい知ることができます。
長江の青銅器文明
先にご紹介した目が飛び出た「青銅縦目仮面」と同様に、三星堆遺跡を紹介する際によく用いられるのがこの「貼金銅人頭像」です。文字通り金箔が貼られた青銅の頭像です。種類が多く、様々なタイプの頭像が発掘されています。
三星堆での発見は、単にその歴史や異形のみではありませんでした。約3000年前とは中国で言う黄河文明後期に当たります。その時代に長江流域でこのような高度な青銅器文明があったことこそ、この三星堆遺跡の最も大きな発見のひとつ。黄河文明に匹敵するかもしれない長江の青銅器文明、詳しい解明が待たれます。
世界最大の青銅製人物像「青銅立人像」
最後にご紹介したいのが世界最大の青銅製の人物をあしらった「青銅立人像」です。80cmの台座の上に約180cmの人物像が立っており、計260cmの立像は見上げてしまうほどの高さです。これだけ大きな人物像は異例の大きさであり歴史的に見ても大変貴重なものです。
衣のような長い服を着ており、手には何かを持っていたような跡があります。恐らく祭祀儀礼に関わる人物で、それに関する道具を手にしていたのではないかと言われています。詳細は同様に不明ですが、宗教儀式やもしかしたら政を行う人物だったのかも知れません。様々な発掘物を色々と想像してみるのも、三星堆博物館の楽しみかもしれませんね。
たくさんの驚きを与えた「三星堆遺跡」
今回は中国四川省にあるちょっと変わった博物館「三星堆博物館」をご紹介しました。目が飛び出した異形の仮面は、強い印象と共に一度見たら忘れられないものとなるでしょう。その他にも個性的な青銅器出土品の数々。もしかしたらあの黄河文明と並ぶほどの高度な文明が栄えていたのかもしれません。
そんな楽しくもあり貴重でもある遺跡が見られる「三星堆博物館」に一度足を運んでみて、是非その驚きを感じてみてください。
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美しき街並みの古都 中国四川省「阆中古城」

2千3百年の歴史を持つという四川省南充市の阆中古城(ろうちゅうこじょう)は、四川省の北東部にあり、美しき流れの嘉陵江の中流地域にあります。ほぼ完ぺきに古城としての姿を残しており、雲南麗江、山西の平遥、徽州の歙県と合わせ、中国四大古鎮と言われるこの場所は、中国全土から観光客が集まって来ます。
古城の中央にある「中天楼」
まず最初にご紹介するのは「中天楼」です。ここは古城の中心地に位置しています。当初は唐の時代に建築されました。しかしその後、一度撤去された経緯がありますが、やはり古城の様子を伝えるためにと、2006年に再建されました。
中天楼は上に上がることが出来ます。街を一望すると、多くの美しい瓦屋根が見え、古都の趣を感じることでしょう。
科挙試験が行われていた「貢院」
次にご紹介するのは日本でも有名な「科挙試験」が行われていた「貢院」です。四川省の秀才が集まり、過酷な試験を受けたのです。試験を受けるのは、必ずしも学習環境に恵まれた裕福な人たちとは限りませんでした。貧しい人たちの中からも一族の期待を担い、多くの人が試験に挑んでいたのです。
ここでは三日間、不休で試験が行われ、食事も各自が持参しその場で自炊し続けられました。隣とは壁で仕切られた畳半分程の場所で、睡眠もトイレも同じ場所です。その間は、監視官が交代で常駐していたのです。こちらでは人形を使ってその様子が再現されており、見学するといかに苛酷であったかが伝わってくるでしょう。
中国の科挙試験の場所でもっとも美しい状態で残されているとされ、2013年に全国重点文物保護単位に指定されています。
「風水博物館」で風水の原型を見る
三番目にご紹介するのは「風水博物館」です。阆中古城は、風水により造られた街とも言われます。その地形が風水の理論に適っているのです。
日本でも多くの人が取り入れている風水は、その原型が中国にあります。ここではその理論から応用までが幅広く説明されており、長い歴史の中で活用されてきた様子が全て分かるようになっています。
「华光楼」の美しさ
四番目にご紹介するのは黒い「华光楼」です。最初に建築されたのが唐代とされています。その後何度も火災等の被害を受けました。現在の楼は清同治6年(1867年)に再建されたものです。中天楼とは異なった美しさです。高さは25.5mあり、濃い緑色の三層の屋根は重厚な印象を与えます。
こちらも「中天楼」同様、楼の上に上がることが出来ます。そこから眺める嘉陵江の流れに、中国の悠久の歴史が感じられるかも知れません。
また、嘉陵江を眺める窓に丸窓もあります。日本では和の美しさの一つとされていますが、その原型がこちらにあることも分かるでしょう。
「华光楼」は、「阆中苑第一楼」と言われるほど、重要視されています。
船で渡る対岸の「南津関古鎮」
最後にご紹介するのは船で行く「南津関古鎮」です。华光楼の近くに港があり、嘉陵江を渡ってすぐ対岸にある南津関まで行きます。片道5分程度です。国家級旅遊景区5Aと最高ランクに指定されている地域となり、美しき街並みが広がっています。
こちら側から阆中古城を眺めると、华光楼をシンボルとして広がる様子が分かります。ここに2300年の歴史がここにあるのです。
長い歴史を有する阆中古城は、唐代から清代までの特徴を残しています。その様子から時代劇の撮影に使われることが多くあります。
他にも見どころが多く、三国志蜀の劉備玄徳と義兄弟であった英雄・張飛が葬られた張飛の墓「漢桓候祠」や孔子廟等もありますので、たっぷりと時間を取っておくことをお勧めします。
また、こちらでは様々な物がお土産品として売られ、あちらこちらに食堂があります。時にお菓子を食べながら散策するのも、面白い時間となるでしょう。
これを機会に、四川省の美しき「阆中古城」を訪ねてみてはいかがでしょうか。
「漢桓候祠」とは
祠の正面には漢桓候祠と書かれています。これは張飛の諡が「桓候」であるためです。ここの別称は「張飛廟」です。正式に祠となったのは唐の時代ですが、張飛の死後、すぐに胴体が葬られ、没した頃より墓として扱われてきたのです。
何度もの整備を繰り返し、現在の形に落ち着いたのは明から清の時代にかけてであり、広い敷地は5000平方メートルにもなります。
三国志の蜀の英雄の一人である張飛(生年不詳- 章武元年(221年))は、劉備玄徳(延熹4年(161年)- 章武3年(223年))と、関羽(生年不詳-建安24年(220年))と共に、桃園の誓いで義兄弟となった話から三国志演義は始まります。
後に諸葛亮孔明(光和4年(181年)-建興12年(234年))が加わることで力は増していきます。諸葛亮が献策した「天下三分の計」は有名な話です。現在の四川省を中心とする劉備玄徳の「蜀」は、大国の「魏」と「呉」の二つと戦い、時に同盟関係となりながら、勢力を拡大していきました。
見事な「大殿」
門を入ると正面に大殿があります。最初の大殿は蜀の時代に建てられたとされます。途中の経緯は不明ですがその後、清道光22年(1840年)に再建されています。
大殿には張飛の彫刻があり皇帝の服装をしており、これは阆中の人たちが、張飛を皇帝のように扱ったことを意味します。しかしながらまったく同じにすることは出来ないので、臣下の証として玉圭を手に持たせたのです。玉圭とは皇帝が臣下に与えるものです。その後、張飛はこの地で、神として崇められていきました。
張飛がここまで高い格で扱われるのは、この場所のみです。見事な張飛像を見逃さないようにしましょう。
円形の「張飛墓」
大殿の脇から奥に進むと、「張飛墓」があり、周囲を1周歩けるようになっています。付近には細い竹が生い茂り、勇猛なイメージの張飛から連想しにくい繊細な感じを受けることでしょう。
張飛は阆中を任せられ、部下の范強、張達に殺されるまでの7年間(214年-221年)、ここで指揮を執っています。勇猛な張飛の指揮が必要だった程、ここは軍事的に重要な場所だったのです。
張飛は大酒のみで、かつ勇猛さのみが強調されますが、しかしながら政治家としての能力もあったからこそ、この地を任されます。また、張飛の筆跡とされる石碑が見つかっており、書でも優秀であったと指摘されています。
墓の正面にある「墓亭」
墓亭の上の大きな額には「雲奥無邊」と書かれています。広がる大空と無限の大地、そのような意味合いです。ここに剣を持った張飛の像がありますが、この辺りは休憩場所のようになっています。
ちょうど墓の正面となりますので足を止め、額に込められた思いを考えながら、張飛を感じてみてはいかがでしょうか。
その後、劉備玄徳が白帝城で病没し、息子の劉禅が後を継ぎますが、蜀の要であった諸葛亮五丈原の戦いで病の末、陣没。残された人たちは何とか蜀を盛り返そうとするも、魏によって蜀は滅ぼされるのです。
四川省の阆中古城は、2013年9月の中国政府が認定する家級旅遊景区5Aと最高ランクとなっています。「漢桓候祠」だけではなく、他にもたくさんの見どころがありますので、ぜひ、足を運んでみて下さい。
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世界遺産地都江堰 都江堰観光 都江堰行き方

四川省世界遺産・都江堰にある美しき道教寺院「二王廟」
四川省都江堰市にある都江堰は世界遺産となっていますが、「二王廟」は都江堰の治水工事を指揮した李親子を祀る道教寺院。世界遺産の構成要素となっている重要な場所となっています。
2008年の四川大震災で一部は壊れましたが、3年をかけて復旧しています。工事では本来の姿に近くするため、元々使われていた材料を出来るだけ使用して再建されたのです。
日本ではなじみの少ない道教寺院ですが、その魅力に迫ります。
「二王廟」とは
都江堰の「安瀾橋」を渡り、数分で到着できるのが二王廟です。ここに祀られているのは李冰と息子の李二郎です。
紀元前272年、秦王の命を受け、李冰が四川省の太守となります。この地で多くの農民が岷江(川)の氾濫に困っていることを知り、大々的な治水工事を行いました。工事半ばで李冰は病没しますが、息子の李二郎が後を継ぎ、見事に工事を完遂させています。
二王廟は当初、南北時代(439年—589年)に建設されています。その後、長い年月が過ぎて、清の時代に再建されています。
石段を上がって行く
見事な石段を上がって廟に向かいます。見上げる門は、重厚な重みが感じられることでしょう。中国に道教寺院は数多く存在し、多くが黒を基調とした建築です。
日本で道教はあまり知られていません。しかしながら道教として知られていないだけで、実は身近な様々なところ、風習に残されています。
道教は中国より日本に入って来ますが、仏教のように国教となることはありませんでした。やがて道教の考え方は、神道や仏教にとり込まれていくのです。現在、古来よりの神道、仏教の考え方であるとされているものの中にも、実は道教がベースという場合が多くあります。また一説には、仏教伝来以前に道教が入って来ているとされます。
神社にある茅野輪やおみくじの考え方、また、どんと焼き道教由来です。節分、ひな祭や端午の節句等、年間で節となる時期に祭り事をするのも道教であり、これらは平安時代には既に正式に朝廷に取り入れられていたのです。
四川省道教の聖地でもあります。都江堰の近くに「青城山」があります。ここは道教の総本山であり、都江堰が世界遺産登録となった2000年に、同時に世界遺産となっています。
荘厳な雰囲気の二王廟
直線の石段を上がりきると、そこが「二王廟」の正面となります。こちらは李親子が治水工事をした岷江の流れを見下ろすように作られています。その存在感は荘厳であり、圧倒的な力が感じられるかも知れません。
石段を上がった上はとても見晴らしが良い場所となります。また、木陰が多く、岷江から吹いてくる風は涼しく、気持ち良い時間を過ごすことが出来るでしょう。
寺院内には八仙が描かれた場所があります。日本は「七福神」が有名ですが、中国では「八仙」となり、全て道教の神々です。中国が八の神を祀るので、日本は一つ少ない七となっています。中国の龍は爪が四本ありますが、日本はよほどの場合を除き三本です。これは日本がかつて中国から多くを学ぶ過程において、先生である中国を立てる意味で一つ少ない数としたからです。
独特の建築様式
古代中国では、左右対象となる中軸線対象が好まれ多く使われました。しかしながら二王廟は、左右対象ではありません。山の地形を含めた周囲の自然と調和させることに価値を置いたからなのです。
左右非対称の考え方は、日本の建築や庭の造営に大きな影響を与えています。
見事な山門
草が生え苔むした山門は、歴史の重さが伝わって来るようです。こちらの門を出ると正面には、滔々と流れる岷江が見えます。
世界遺産の都江堰で外せない道教寺院「二王廟」
2300年も前に行われた治水工事が今もなお残され、使われていることは歴史上の偉業と言えます。その治水を行った李親子を祀る二王廟は、岷江の東岸に位置し、高台から岷江を静かに見守っています。
この機会に中国四川省の都江堰で、世界遺産の一部である二王廟を、ぜひとも訪れてみて下さい。
中国四川省都江堰市西部に位置する「都江堰」は、古代の治水工事場所にも関わらず、今も使われています。その昔、地域の人たちを困らせる岷江(川)の氾濫があり、水を治水しようと一人の男が立ちあがります。工事半ばで病没しますが、息子が難事業を引き受け完成し、四川省は「天府之国」と呼ばれるようになります。
世界遺産「都江堰」とは
成都空港がある四川省成都市からは、北西約60kmと近いところに都江堰はあります。
紀元前272年、秦王の命を受け、李冰が四川省の太守となります。広い四川をくまなく歩き、やがてこの地にやって来ました。そこで知らされた状況は、極端な水不足になるかと思えば、今度は川の氾濫で苦しむ農民。そこで李冰は大規模な工事を行おうと立ちあがるのです。
どのようにすべきか現地の調査に3年の年月をかけ、じっくりと状況を観察しました。春の雪解けで水かさが一気に増すことにより、川の流れが緩やかになる辺りで水があふれることも突き止めます。上流にダムを作り水量を調整するのが一番確実な方法ですが、軍用水路として活用する必要があることからも、直接岷江の工事を行うこととしたのです。
紀元前256年から紀元前251年の間で、最初の堤が完成します。山を削り、暗渠を埋め、砂の流出を防ぐ、難工事の連続でした。その後も工事は続きますが、やがて李冰は病に倒れ、息子の李二郎が志を継いで、完成させます。
そして四川省は、穀物が豊かに実る大地として「天府之国」と称されるようになったのです。
「伏龍観」の近くの見落とされがちな「商木」
正面から入ると、古代の李冰の石像がある「伏龍観」があります。こちらは荒れ狂う龍を縛り付けた場所と言われます。龍は水の象徴であり、治水を物語るものです。
もちろん、こちらも見逃すわけにはいきませんが、建物の右側に「商木」という看板がありそこに古い木が残されています。これは約3000年前のものです。世界でも極めて珍しい古木ですので、見落とさないようにしましょう。
治水の様子が分かる「水利文化展庁」
都江堰を、パネルや模型を使って説明している展示館が「水利文化展庁」です。説明の他にも民具の展示もあります。また、様々なお土産品を購入することが出来ますので、休憩を兼ねて足を止めてみて下さい。
先端の「魚嘴」
都江堰の先端に当たる場所に魚嘴(ぎょし)があり、観光ではここで折り返すことになりますが、難工事であった治水作業において、川の中央に魚嘴という堤防を築き、水の流れを外江と内江に分けたのです。これにより外江で水量の調整を行い、内江で農地へ水の引き込みを行うことが出来るようになります。なお、川を二つに分けるというアイデアは、李冰によるものと伝えられています。
魚嘴の上から川を眺めると、どれだけの難工事であったのかを感じることが出来るでしょう。
明の時代に焼け落ちた「安瀾橋」
全長261mのこの橋は「安瀾橋」と呼ばれ、宗の時代に竹と木で作られ、全長500mありました。しかしながら明の時代(1368-1644)の戦乱で、焼け落ちています。長らく橋は存在していませんでしたが、1803年にある夫婦の呼び掛けから始まり、再び橋が通されるのです。そこから夫婦橋とも呼ばれています。その後は修復、掛け替え等が行われ、現在の美しい姿になっています。
橋の上から滔々と流れる岷江を眺めて、長い歴史に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。
諸葛亮孔明が何度も訪れた世界遺産「都江堰」
李冰親子が都江堰を整備したからこそ、成都は豊かな大地となり「天府之国」と呼ばれるようになりました。三国志の英雄、諸葛亮孔明は都江堰に重要な意味を見出しており、何度も訪れては治水工事を指揮しています。諸葛亮が尊敬した人物こそ、李冰だったのです。
これを機会に、世界遺産であり、はるか古代の技術が現代でも生かされ、諸葛亮孔明とも縁が深い都江堰に、ぜひとも足を運んでみて下さい。
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