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世界遺産地都江堰 都江堰観光 都江堰行き方

四川省世界遺産・都江堰にある美しき道教寺院「二王廟」
四川省都江堰市にある都江堰は世界遺産となっていますが、「二王廟」は都江堰の治水工事を指揮した李親子を祀る道教寺院。世界遺産の構成要素となっている重要な場所となっています。
2008年の四川大震災で一部は壊れましたが、3年をかけて復旧しています。工事では本来の姿に近くするため、元々使われていた材料を出来るだけ使用して再建されたのです。
日本ではなじみの少ない道教寺院ですが、その魅力に迫ります。
「二王廟」とは
都江堰の「安瀾橋」を渡り、数分で到着できるのが二王廟です。ここに祀られているのは李冰と息子の李二郎です。
紀元前272年、秦王の命を受け、李冰が四川省の太守となります。この地で多くの農民が岷江(川)の氾濫に困っていることを知り、大々的な治水工事を行いました。工事半ばで李冰は病没しますが、息子の李二郎が後を継ぎ、見事に工事を完遂させています。
二王廟は当初、南北時代(439年—589年)に建設されています。その後、長い年月が過ぎて、清の時代に再建されています。
石段を上がって行く
見事な石段を上がって廟に向かいます。見上げる門は、重厚な重みが感じられることでしょう。中国に道教寺院は数多く存在し、多くが黒を基調とした建築です。
日本で道教はあまり知られていません。しかしながら道教として知られていないだけで、実は身近な様々なところ、風習に残されています。
道教は中国より日本に入って来ますが、仏教のように国教となることはありませんでした。やがて道教の考え方は、神道や仏教にとり込まれていくのです。現在、古来よりの神道、仏教の考え方であるとされているものの中にも、実は道教がベースという場合が多くあります。また一説には、仏教伝来以前に道教が入って来ているとされます。
神社にある茅野輪やおみくじの考え方、また、どんと焼き道教由来です。節分、ひな祭や端午の節句等、年間で節となる時期に祭り事をするのも道教であり、これらは平安時代には既に正式に朝廷に取り入れられていたのです。
四川省道教の聖地でもあります。都江堰の近くに「青城山」があります。ここは道教の総本山であり、都江堰が世界遺産登録となった2000年に、同時に世界遺産となっています。
荘厳な雰囲気の二王廟
直線の石段を上がりきると、そこが「二王廟」の正面となります。こちらは李親子が治水工事をした岷江の流れを見下ろすように作られています。その存在感は荘厳であり、圧倒的な力が感じられるかも知れません。
石段を上がった上はとても見晴らしが良い場所となります。また、木陰が多く、岷江から吹いてくる風は涼しく、気持ち良い時間を過ごすことが出来るでしょう。
寺院内には八仙が描かれた場所があります。日本は「七福神」が有名ですが、中国では「八仙」となり、全て道教の神々です。中国が八の神を祀るので、日本は一つ少ない七となっています。中国の龍は爪が四本ありますが、日本はよほどの場合を除き三本です。これは日本がかつて中国から多くを学ぶ過程において、先生である中国を立てる意味で一つ少ない数としたからです。
独特の建築様式
古代中国では、左右対象となる中軸線対象が好まれ多く使われました。しかしながら二王廟は、左右対象ではありません。山の地形を含めた周囲の自然と調和させることに価値を置いたからなのです。
左右非対称の考え方は、日本の建築や庭の造営に大きな影響を与えています。
見事な山門
草が生え苔むした山門は、歴史の重さが伝わって来るようです。こちらの門を出ると正面には、滔々と流れる岷江が見えます。
世界遺産の都江堰で外せない道教寺院「二王廟」
2300年も前に行われた治水工事が今もなお残され、使われていることは歴史上の偉業と言えます。その治水を行った李親子を祀る二王廟は、岷江の東岸に位置し、高台から岷江を静かに見守っています。
この機会に中国四川省の都江堰で、世界遺産の一部である二王廟を、ぜひとも訪れてみて下さい。
中国四川省都江堰市西部に位置する「都江堰」は、古代の治水工事場所にも関わらず、今も使われています。その昔、地域の人たちを困らせる岷江(川)の氾濫があり、水を治水しようと一人の男が立ちあがります。工事半ばで病没しますが、息子が難事業を引き受け完成し、四川省は「天府之国」と呼ばれるようになります。
世界遺産「都江堰」とは
成都空港がある四川省成都市からは、北西約60kmと近いところに都江堰はあります。
紀元前272年、秦王の命を受け、李冰が四川省の太守となります。広い四川をくまなく歩き、やがてこの地にやって来ました。そこで知らされた状況は、極端な水不足になるかと思えば、今度は川の氾濫で苦しむ農民。そこで李冰は大規模な工事を行おうと立ちあがるのです。
どのようにすべきか現地の調査に3年の年月をかけ、じっくりと状況を観察しました。春の雪解けで水かさが一気に増すことにより、川の流れが緩やかになる辺りで水があふれることも突き止めます。上流にダムを作り水量を調整するのが一番確実な方法ですが、軍用水路として活用する必要があることからも、直接岷江の工事を行うこととしたのです。
紀元前256年から紀元前251年の間で、最初の堤が完成します。山を削り、暗渠を埋め、砂の流出を防ぐ、難工事の連続でした。その後も工事は続きますが、やがて李冰は病に倒れ、息子の李二郎が志を継いで、完成させます。
そして四川省は、穀物が豊かに実る大地として「天府之国」と称されるようになったのです。
「伏龍観」の近くの見落とされがちな「商木」
正面から入ると、古代の李冰の石像がある「伏龍観」があります。こちらは荒れ狂う龍を縛り付けた場所と言われます。龍は水の象徴であり、治水を物語るものです。
もちろん、こちらも見逃すわけにはいきませんが、建物の右側に「商木」という看板がありそこに古い木が残されています。これは約3000年前のものです。世界でも極めて珍しい古木ですので、見落とさないようにしましょう。
治水の様子が分かる「水利文化展庁」
都江堰を、パネルや模型を使って説明している展示館が「水利文化展庁」です。説明の他にも民具の展示もあります。また、様々なお土産品を購入することが出来ますので、休憩を兼ねて足を止めてみて下さい。
先端の「魚嘴」
都江堰の先端に当たる場所に魚嘴(ぎょし)があり、観光ではここで折り返すことになりますが、難工事であった治水作業において、川の中央に魚嘴という堤防を築き、水の流れを外江と内江に分けたのです。これにより外江で水量の調整を行い、内江で農地へ水の引き込みを行うことが出来るようになります。なお、川を二つに分けるというアイデアは、李冰によるものと伝えられています。
魚嘴の上から川を眺めると、どれだけの難工事であったのかを感じることが出来るでしょう。
明の時代に焼け落ちた「安瀾橋」
全長261mのこの橋は「安瀾橋」と呼ばれ、宗の時代に竹と木で作られ、全長500mありました。しかしながら明の時代(1368-1644)の戦乱で、焼け落ちています。長らく橋は存在していませんでしたが、1803年にある夫婦の呼び掛けから始まり、再び橋が通されるのです。そこから夫婦橋とも呼ばれています。その後は修復、掛け替え等が行われ、現在の美しい姿になっています。
橋の上から滔々と流れる岷江を眺めて、長い歴史に思いをはせてみるのはいかがでしょうか。
諸葛亮孔明が何度も訪れた世界遺産「都江堰」
李冰親子が都江堰を整備したからこそ、成都は豊かな大地となり「天府之国」と呼ばれるようになりました。三国志の英雄、諸葛亮孔明は都江堰に重要な意味を見出しており、何度も訪れては治水工事を指揮しています。諸葛亮が尊敬した人物こそ、李冰だったのです。
これを機会に、世界遺産であり、はるか古代の技術が現代でも生かされ、諸葛亮孔明とも縁が深い都江堰に、ぜひとも足を運んでみて下さい。
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